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ホーウスとヘウソンは5年間口を利いていなかった!
前記事のヘウソン・グレイシーですが、あの伝説のホーウス・グレイシーと、13歳から18歳までの5年間口を利いていなかったそうです!



ホーウス・グレイシーとは・・・
ホーウス・グレイシー(Rolls Gracie、1951年 - 1982年)は、ブラジルの男性柔術家。ブラジリアン柔術創始者カーロス・グレイシーの四男。
ブラジリアン柔術を作り上げたグレイシー一族の中でも傑出した存在で、一族最高のファイターとの呼び声も高い。ヒクソン・グレイシー、カーロス・グレイシーJr、ホイラー・グレイシー、ホメロ・ジャカレ・カバウカンチの柔術の師としても知られる。
1982年にハンググライダーの事故により31歳で死去。(Wikipedia)


事の発端はこんなこと・・・

13歳の時、家に従姉妹がいた時に、ヘウソンは悪いことを言ったらしいのです。

その場には10人の子供達がいたのですが、ホーウスはヘウソンを部屋の隅に呼び、「従姉妹に謝れ!」と言いました。

しかしヘウソンは従姉妹に「部屋から出て行け!」と言ったのです。

それでホーウスはここはへウソンにしっかり教えてやらねば、と思ったらしい。

ヘウソンをバスルームに呼び出し、ドアの鍵をかけ、ヘウソンを殴りました。

何人かが来て無理やりドアを開けたのですが、その時にはすでにへウソンは何発か顔に食らった後だったそう。

それにむかつき、へウソンは引き出しに飛び出しナイフを取りに行きました。

しかしすぐさま兄弟から腕を捻り上げられてナイフを取り上げられました。

父であるエリオがそれを知った時、こう言いました。

「喧嘩するのはいい。だが、どうしてナイフを使うんだ?」

そして罰として1ヶ月間家から出られないようにされてしまいました。

みんなは外に遊びに行っているのに自分だけが出られない。

ホーウスはそれを見ていつも笑っていました。

ヘウソンは殴られた上にからかわれ、すべてを失ったように感じました。

それでもうホーウスとは口を利かないと決めたのです。

が、それはとても難しいことだったようです。

なんせ全てにおいて好みが同じだったから。

同じものが好きで、同じ色が好きで、誕生日も同じ日。2年の違いはあれど、同じ日なのです。

その後へウソンはサーフィンをはじめ、しばらく後にホーウスもはじめました。

ホーウスはかっこいいサーフボードを買い、へウソンはそれを見ているだけでした。

ある時ホーウスが隠していたサーフボードを、へウソンが勝手に使おうとしたのを知ったホーウスは、ヘウソンがどれだけサーフィンが好きなのかを理解し、そのボードを彼にあげました。

それで二人は仲直りしたそうです。

チャンチャン。



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| maria | 柔術 & グラップリング | 15:47 | comments(0) | trackbacks(0) |









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